2010年10月27日

叔父さんの、、お葬式

小川通り寺の内上る
私の生まれたのも同じ所
裏千家のお隣です、

裏千家やお寺に囲まれた一画で
10軒ほどの家があり
子供の頃には広く感じていましたが

久しぶりに行きましたら、、凄く小さく、、
三丁目の夕日の世界でした

この叔父さんも子供さんが無く
おばさん一人が残っておられます

亡き母が長女で
叔父さんの兄弟さんは、皆は亡くなられ
鈍感な私、、なんでこんなに私を頼られるのかな、、って
考えて見ますと、、
私の兄弟が、、一番身近な親戚で、、慌てて行きました、

小学校3年生ぐらいまで隣で暮らした、、おじさん

立っちゃん、同やん、(立命館、同志社、大学の愛称)
河ぶら、千ぶら、(河原町ぶらぶら、、千本通りぶらぶら)
同志社大のプール(当時、夜間は市民開放)や
「義孝、千ぶら行こうか」と
子供の頃は、、いろいろな所につれてもらい

堀川にはチンチン電車、四條大宮から松尾橋までは、
トロリーバスが走り,大宮通りには映画館もあり、
京都全盛時代の頃だった様に思います

「職人はなー、宵越しの金は持たんな、」と、、
気風が良く、男らしい叔父さんでした、、、

posted by たちさん at 21:13| Comment(0) | 日記
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